1963年3月15日、ボツワナ北部の湿地帯で、部族議会が動物のために土地を差し出した。
Moremi Game Reserve。4,871平方キロメートル。アフリカで初めて、地元住民が自ら設立した保護区だった。
決めたのは Elizabeth Pulane Moremi。BaTawana の首長 Moremi III の未亡人。夫の死後、実質的な統治権を握っていた。当時の中央政府(イギリス保護領ベチュアナランド)は動く気配がない。動物は減り続けていた。
63年後、この場所は UNESCO 世界遺産 1000番目のサイトになっている。
Mission
要件はひとつだった。「動物が消えるのを止める」。
1960年前後のオカバンゴでは、白人ハンターが定期的にやってきて、家畜農地が湿地の縁を侵食していた。BaTawana の口承では、当時の kgotla(部族議会)でこう議論された。「このままでは、我々の子供たちの時代には何も残らない」。
Elizabeth Moremi が採った手段は、政府への陳情ではなかった。BaTawana の伝統的土地権を根拠にして、部族議会で保護区を自ら宣言する。中央政府の許可を待たない。
イギリスの保護領行政は、これに関して沈黙した。結果として、この決議は「上からの命令」ではなく「部族の総意」として成立した。
その差が、後で効いてくる。
Design
保護区の分類として選んだのは「Game Reserve」だった。National Park ではない。
National Park なら人間の居住は禁止される。米国のイエローストーンがそうしたように、内部の先住民は追い出される。ゲームリザーブは、狩猟と一部の農耕は禁じるが、居住は残せる。BaSarwa(現地でサン族と呼ばれる狩猟採集民)はそのまま暮らし続けた。
「動物を守る」という要件と、「人を追い出さない」という要件が両立する制度設計。
もうひとつの特徴は、境界だけを決めて、内部の運用計画を作らなかったこと。近代的な保護区が持つゾーニング図、生態モニタリング計画、予算表、そういうものは一切なかった。設立文書は口約束に近い。
その代わり、原則が2つだけ固定された。動物を守る。BaTawana の伝統的権威を担保にする。
Execution
設立後の62年間、この保護区は「後付けで肉付けする」やり方で拡張してきた。
1966年にボツワナが独立する。1977年に Botswana Defence Force が創設される。1987年、ケトゥミレ・マシレ大統領が「密猟対策の精鋭部隊」派遣を承認し、翌1988年、BDF は史上初の anti-poaching パトロールを実施した。1992年に Wildlife Conservation and National Parks Act が制定される。
ボツワナは、南部アフリカで唯一、正規軍が野生動物保護を直接任務にしている国だ。
理屈はこうだ。密猟は国家安全保障の問題である。ゾウとサイは国家の資源である。だから軍が守る。ダイヤモンド輸出で得た国防予算の一部が、そのまま保護区に流れる。BDF の兵士は shoot-on-sight(発見即射撃)の権限を持つ。人権団体からの批判は絶えないが、密猟率は近隣諸国より一貫して低い。
現場のレンジャーは、湿地では伝統的なマコロ(丸木舟)で音を立てずに巡回する。開けた水路ではアルミの高速艇。空からは軽飛行機。地上では武装パトロール。目視・音・気配で密猟者を探す仕事は、ドローン導入後もほとんど変わっていない。
資金の話も、この保護区は他と違う軌跡を辿った。設立当初は狩猟許可税。1970〜80年代はサファリ観光収入。1990年代以降はダイヤモンド税収由来の国家予算。2021年からは De Beers × National Geographic の Okavango Eternal パートナーシップが加わった。
60年間で4回、主軸となる資金源が入れ替わっている。
People
Elizabeth Pulane Moremi の残した記録は多くない。写真すらほとんどない。彼女が発した具体的な言葉は口承でしか伝わっていない。
夫が亡くなったとき、彼女は摂政の立場だった。BaTawana の統治権を、次代の首長が育つまで預かる。その期間に「動物を守る」という決定を kgotla に持ち込み、通した。
政治的な計算はあっただろう。摂政という一時的な立場で、恒久的な制度を作る。次の首長がやってきても、簡単にはひっくり返せない構造にする。
62年後、彼女の名前は保護区の名前として残っている。
もう一人、無視できない存在がいる。BDF。1977年に創設された小さな軍隊。アフリカ全体で見れば規模は小さい。装備も特別ではない。ただ、この軍隊はゾウとサイのために出動する。
現代的な軍隊が「戦うべきもの」の定義を書き換えた。仮想敵国ではなく、密猟団。守るべきものは領土でも国民でもなく、まず野生動物。
De Beers は Okavango Eternal を、自社の「Building Forever」戦略のもとに位置づけている。ボツワナのダイヤモンド埋蔵は有限で、いずれ枯渇する。その先の企業としての社会的正当性を、デルタの保全と共同体の生計向上に結び直そうとしている。
企業としての存続と、生態系としての存続が、ここでは一つの利害になっている。
Legacy
面積の変動が、この場所の性格を物語る。
乾季の面積は約6,000平方キロメートル。雨季には約15,000平方キロメートルに膨張する。2.5倍。水源はアンゴラ高地に1〜3月に降った雨で、ナミビアを経由してボツワナ側の湿地に至り、7〜8月に最大水位に達する。デルタは呼吸するように広がったり縮んだりする。
動物の数字も派手だ。鳥類400種以上、哺乳類約200種、爬虫類150種以上。ボツワナ全体でアフリカ最大のゾウ個体数(約13万頭)を抱え、その相当数がオカバンゴ流域にいる。絶滅危惧種のリカオンは、世界でもっとも密度の高い群れをここで形成する。
2014年、UNESCO はオカバンゴ・デルタを世界遺産の1000番目のサイトとして登録した。区切りの良い番号を、内陸の湿地に振ったことになる。
2021年からの De Beers × National Geographic の Okavango Eternal は、5年間で研究遠征を19回、泥炭地点マッピングを230箇所、地域住民82名の Watchers 訓練、2,118件の生計手段機会創出を実現した。2026年に契約はさらに5年延長。次の目標は540万ヘクタール(54,000平方キロメートル)の水源地保全と、10,000件の生計手段。
ボツワナ全土の約38%が保護区に指定されている。アフリカで最高水準。この数字の起点が、1963年の kgotla の一晩の議論だった。
学び
このプロジェクトから引き出せる教訓は、「創業時に決めるべきこと」の切り分け方にある。
Elizabeth Moremi の1963年の決議には、詳細な運用計画がなかった。境界と原則しか書かれていない。「ここからここまで、動物を守る。BaTawana の権威で担保する」。それだけ。
63年経った今、この保護区にはゾーニング、モニタリング、予算、密猟対策、多国間パートナーシップ、企業ファンドの取り込み、すべてが乗っている。1963年に決めなかったから、後の時代の技術と制度に合わせて肉付けができた。
一方で、絶対に動かせないコア原則は最初に固定された。動物を守るという目的と、部族議会という決定機関。この2つは、独立後の政治変動でも、密猟の激化でも、企業パートナーシップの導入でも、揺らがなかった。
長期プロジェクトの設計原則として、これは含蓄がある。60年変わらないものと、60年で入れ替わってもよいものを、最初に分けておく。
もうひとつ興味深いのは、資金源の入れ替え方だ。狩猟許可税→観光収入→ダイヤモンド税収→民間パートナーシップ。切り替えるとき、旧来分をゼロにしてから新しいものを立ち上げるのではなく、新しいものが立ち上がってから旧来分をフェードアウトさせている。
目的が不変で、原資が可変。大学基金や宗教施設の運営に似ている。
Elizabeth Moremi は写真も肉声もほとんど残していない。それでも彼女の名前は、地図の上で今も生きている。摂政という一時的な立場で作った制度が、62年後には54,000平方キロメートルの多国間保全計画にまで拡張された。
「今、動かなければ、我々の子供たちの時代には何も残らない」。
この一文が、後の時代がどう肉付けしていくかを決めた。
出典・参考資料
- Wikipedia「Moremi Game Reserve」(https://en.wikipedia.org/wiki/Moremi_Game_Reserve) — 1963年3月15日の布告日、Chief Moremi III の未亡人 Elizabeth Pulane Moremi の主導、アフリカ初のコミュニティ主導保護区の位置づけ
- Wikipedia「Elizabeth Pulane Moremi」(https://en.wikipedia.org/wiki/Elizabeth_Pulane_Moremi) — 保護区設立の動機と摂政期の統治権
- Wikipedia「Okavango Delta」(https://en.wikipedia.org/wiki/Okavango_Delta) — 面積の季節変動、2014年 UNESCO 世界遺産登録が1000番目のサイト
- De Beers Group「Okavango Eternal」事例 (https://www.debeersgroup.com/about-us/case-studies/2025/okavango-eternal) — 5年間の実績数値
- National Geographic Society「Okavango Eternal 延長発表」(https://news.nationalgeographic.org/national-geographic-society-and-de-beers-extend-okavango-eternal-partnership-for-five-more-years/) — 契約延長と2026年以降の目標
- Wikipedia「Botswana Defence Force」(https://en.wikipedia.org/wiki/Botswana_Defence_Force) — 正規軍による anti-poaching 任務と shoot-on-sight 方針
- Wilderness「Wildlife & Animals in the Okavango Delta」(https://www.wildernessdestinations.com/africa/botswana/okavango-delta-wildlife) — 鳥類・哺乳類・爬虫類の生物多様性
- UNESCO Okavango Delta 世界遺産データシート (http://world-heritage-datasheets.unep-wcmc.org/datasheet/output/site/okavango-delta/) — 保護区体系と1992年 Wildlife Conservation and National Parks Act