2008年3月28日、事業正式化。
2013年、初納入予定。
2023年2月7日、開発中止発表。
15年。1兆円。納入ゼロ機。三菱重工業のリージョナルジェット(MRJ/のちSpaceJet)が、商業運航を一度も実現できないまま終わるまでにかかったコストと時間。納入の延期は6回。途中で巻き込んだ受注は約400機。
日本の製造業は「精密」と「品質」で世界に売ってきた。その看板を立てた会社が、空を飛ぶ機体を完成させても、売る権利を最後まで取れなかった。
Mission:半世紀ぶりの国産旅客機
日本が最後に作った国産旅客機は、1962年初飛行のYS-11。プロペラ機だ。それから40年以上、日本のメーカーはボーイングやエアバスの下請けに徹してきた。787ドリームライナーの主翼を作り、エンジン部品を作り、技術はあった。完成機を売ったことはなかった。
2002年、経済産業省は「フォーカス21」という産業政策で国産小型旅客機の開発を打ち出した。翌2003年、NEDOが「環境適応型高性能小型航空機研究開発事業」をスタート。狙いは70〜90席クラスのリージョナル機。世界市場で20年間に5,000機以上の需要が見込めると分析された。
2007年6月、パリ航空ショーでコンセプトが発表された。2008年3月、三菱重工が事業を正式化。4月1日に子会社の三菱航空機株式会社が設立され、のちの増資にはトヨタ自動車、三菱商事、三井物産、住友商事、日本政策投資銀行などが加わった。
要件はシンプルだった。低燃費の次世代エンジン(プラット&ホイットニーのギアードターボファン)を採用し、ボンバルディアやエンブラエルの既存リージョナル機より20%以上燃費がよい機体を作る。座席数は70〜90席。納入開始は2013年。
ANAは即座に25機を発注した。確定15機、オプション10機。日の丸ジェットの復活は、国策と国内市場の両方が後押しした。
Design:3つの判断が将来を縛った
認証取得を「工程」として組み込んだ
旅客機を売るには、各国の航空当局から型式証明(Type Certificate, TC)を取らなければならない。米国市場ならFAA、欧州ならEASA、日本国内なら国土交通省。座席ベルトの強度から非常脱出経路の照度まで、何万項目に及ぶ要求を満たす設計だと文書で証明する作業だ。
MRJはこの型式証明取得を、機体を完成させた後の最終段階の「工程」として計画した。設計→製造→飛行試験→認証取得→納入。スケジュール上の一区切りとして配置した。
しかし型式証明は、完成品の検査ではない。設計プロセス全体の監査である。FAAは「なぜこの形状にしたのか」「なぜこの材料を選んだのか」「設計変更があったときどう影響を解析したか」を、設計の初期段階から記録された文書として要求する。
日本のメーカーには、その文書化の作法そのものが社内にほぼ蓄積されていなかった。YS-11以来、完成機の型式証明を自社で取った経験を持つ技術者は、ほぼ全員が引退していた。
90席クラスを主軸にした
MRJの基本モデル MRJ-90 は、座席数88席、最大離陸重量約42トン。エンブラエルE-Jetなど競合製品と同じカテゴリだ。
ところが米国地域航空市場には、「スコープクローズ(scope clause)」という労使協定が存在する。大手航空会社のパイロット組合とエアラインの間で結ばれる労働協約で、地域航空会社が運用できる機体の上限を最大76席・最大離陸重量約39トンに制限している。協定を破れば大手のパイロットがストライキを起こす。事実上の規制として機能してきた。
2018年12月の更新後もこの上限は維持された。MRJ-90はサイズも重量も超過している。米国地域航空、つまり世界最大の市場で、最初から売れない設計だった。
スコープクローズの存在自体は業界では周知だった。だが日本側は「やがて緩和されるだろう」という前提で90席クラスを主軸にした。緩和は来なかった。2019年、ようやく短胴版の「SpaceJet M100」(76席)を追加発表したが、すでに延期を5回繰り返した後だった。
内製偏重で進めた
三菱重工は、設計と認証対応を社内中心で進めた。海外の旅客機メーカーや認証コンサルタントを大規模に組み込むより、自社の技術者を中心にする方針だった。ボーイングの主翼を作ってきた誇りもあった。
設計と試験は名古屋。三菱重工小牧南工場が拠点となった。県営名古屋空港の北側、もともと自社の航空機部品を作っていた敷地に、組立ラインと飛行試験施設が並んだ。
「我々は世界一の品質を持つ」という自負が、外部に頼ることへの抵抗を生んだ。型式証明取得経験のあるBombardierやEmbraer出身の人材を本格採用したのは、プロジェクト開始から8年後の2016年だった。
Execution:900件の設計変更
初飛行:成功
2015年11月11日、午前9時35分。県営名古屋空港34滑走路から、MRJ初号機が離陸した。機長は安村佳之、テストパイロット。約1時間27分の飛行で基本特性をチェックし、午前11時2分に着陸した。
「飛行機が飛びたいと言っているような感じだった」と安村は記者会見で述べた。空力性能も操縦特性も問題なし。日本の技術者たちが半世紀ぶりに完成させた国産ジェット旅客機は、ちゃんと飛んだ。
問題はその後に発生した。
2016年:900件の設計変更
2016年、飛行試験を米国モーゼスレイクに移し、本格的な認証取得作業に入った。米国の広大な空域と乾燥した気候は試験に適している。試験機5機のうち4機を米国に移送する計画が進んだ。
そこで起きたのが、FAA対応のための大規模な設計見直しだった。
電気配線の取り回し。冗長系の構成。緊急時の電力分離。FAAが要求する安全基準を満たすには、機体内部の配線を抜本的に変更する必要があると判明した。設計変更の件数は900件以上に及んだ。
問題はそれぞれの変更が技術的に困難だったことではない。社内に「何を文書化すべきか」「どこまで遡って影響解析をすべきか」を分かる人がいなかった。海外コンサルタントの指摘を受けて初めて、要求の全体像が見えた。
「このままでは型式証明は取れない」。2016年に招聘された海外の専門家が出した結論だった。
6度の延期
| 回 | 発表年 | 新しい納入予定 |
|---|---|---|
| 1 | 2009 | 2014 |
| 2 | 2013 | 2015〜17 |
| 3 | 2015 | 2017 |
| 4 | 2016 | 2018半ば |
| 5 | 2017 | 2020 |
| 6 | 2020 | 凍結(実質撤退) |
1〜2年ずつの延期が6回続いた。各延期の時点では「あと少し」に見えた。経営陣も顧客も「ここまで来たのに」の心理に縛られた。
延期のたびに受注がキャンセルされた。2017年末、米イースタン航空が40機(確定20+オプション20)。2019年10月にトランスステイツが100機。スカイウェストも保留に転じた。ピーク時400機超の受注は、撤退時には2桁にまで減っていた。
2020年:コロナ禍と凍結
2020年2月、6度目の納入延期が公表された。2020年代半ば以降、と幅のある表現だった。
同年春、新型コロナウイルスのパンデミックが世界の航空需要を蒸発させた。各国の航空会社は機材削減と発注キャンセルに走った。リージョナル機の市場予測そのものが崩れた。
同年10月、三菱重工は開発予算を約200億円規模に大幅縮小し、開発人員を約2,000人から数百人レベルまで削減した。事実上の凍結だった。
型式証明取得には、これから数年間、年間1,000億円規模の追加投資が必要と試算された。完成しても売れる市場が見えない。2023年2月7日、泉澤清次社長が記者会見で開発中止を正式表明した。「機体納入できず申し訳ない」と頭を下げた。
People:謙虚さに欠けていた
撤退発表の半年後、三菱航空機の元社長 川井昭陽が地元テレビ局のインタビューに応じた。2013〜2015年に同社の経営を担った人物だ。
彼が口にした言葉が、その後たびたび引用された。
技術者は「謙虚さに欠けていた」。
ボーイング787の主翼を作ってきた経験。新幹線を作ってきた精密加工の伝統。世界一の品質を生み出してきた製造業の自負。それらが、認証取得という未経験の領域に対する謙虚さを奪った。「我々ならできる」が、「我々は何を知らないのかを知らない」状態を見えなくした。
川井は破綻の原因について「たった1枚の書類だった」とも語っている。型式証明書というたった1枚の紙を取るために、皆が苦労した。FAAが要求する設計根拠の文書化フォーマットを、最後まで社内標準として確立できなかった。
2015年の初飛行を成功させたテストパイロット 安村佳之は、開発凍結後のインタビューで静かに語った。「機体は本当によく飛んだ」。技術がなかったわけではない。
中止発表の壇上で頭を下げた泉澤社長は、2019年に三菱重工の社長に就任した人物だ。MRJを始めた経営者ではない。前任者たちの決定を引き継ぎ、終わらせる役を引き受けた。
Legacy:1兆円が残したもの
直接的な数字は厳しい。
- 開発費 累計 約1兆円
- うち公的支援(経済産業省・NEDO) 約500億円超
- 商業運航実績 0機
- 雇用 ピーク時 約2,000人 → 撤退時 約100人
15年間の活動から、商業的に売れる完成品は生まれなかった。
それでも残ったものがある。三菱重工は2024年の防衛戦闘機開発(GCAP、英伊との次期戦闘機共同開発)に、MRJで蓄積した型式証明対応の知見を活用すると公表している。Bombardier・Embraerから移籍した認証エンジニアの一部は、日本の航空業界に残った。複合材主翼の量産技術や、ギアードターボファンエンジン搭載の運用ノウハウは、787以降の量産機事業に蓄積されている。
比較対象としてしばしば挙がるのが、ホンダジェット(HondaJet)だ。本田技研工業の子会社Honda Aircraft Companyが米ノースカロライナ州で開発した小型ビジネスジェット。2015年にFAAの型式証明を取得し、商業納入を実現した。
ホンダは最初から米国に拠点を置き、米国人のエンジニアを大量に採用し、米国の認証文化の中で設計した。社長の藤野道格は1980年代後半からジェット機開発に携わってきた人物で、開発・型式証明・販売までを米国の現場で一貫して進める体制を作った。FAAに提出した型式証明関連の書類は240万ページに及んだ。
ホンダジェットは、ビジネスジェットという別カテゴリで、MRJほどの規模ではない。それでも、認証取得という能力を組織として育てたかどうかという一点で、対照的な軌跡を描いた。
学び:規制取得は「工程」でなく「能力獲得」である
MRJが残した教訓の核は、ひとつに絞れる。
型式証明やスコープクローズのような外部規制を、プロジェクトの工程として組み込んでしまった。本当は、「規制対応ができる組織能力を持つかどうか」の問題だった。
型式証明は、出来上がった製品を検査するものではない。設計プロセスそのものを監査する。なぜこの形状なのか、なぜこの材料なのか、変更があったときどう影響を解析したのか。設計の初日から記録された膨大な文書を要求する。文書化の作法、影響解析の手順、変更管理のプロセス。これらは「組織が持っている能力」であって、機体を作りながら身につくものではない。
スコープクローズも同じ構造だ。米国地域航空のパイロット労組と航空会社の労使協定は、法律ではない。だが市場規制として法律と同じ強度で需要を縛る。これを読み解き、自社の製品仕様に織り込む能力は、「米国地域航空ビジネスを理解している」という組織能力に他ならない。日本の本社で90席を主軸にした判断は、その能力が組織に無かったことを示している。
「我々は技術がある」と「我々は規制対応の能力がある」は別物である。前者があれば後者は自動的についてくる、という前提で15年走った結果が1兆円の損失だった。
未経験の領域に踏み込むとき、組織がやるべきことは2つに集約される。経験者を最初から入れること。そして経験者の指摘を受け入れる謙虚さを持つこと。MRJで海外の認証経験者が本格採用されたのは、プロジェクト開始から8年後の2016年。「これでは取れない」と指摘されてから、900件の設計変更が始まった。8年前に同じ指摘を受けていたら、設計の初日から違うアウトプットが出ていたはずだ。
延期判断にも構造的な問題があった。1〜2年ずつの延期を6回繰り返すと、毎回の決定では「あと少しで完成」に見える。総額で見れば1,500億円の見積もりが1兆円に膨らんでも、増分で見れば毎回数百億円の追加投資。各時点では合理的な決定の積み重ねが、振り返れば不合理な総額を生んでいた。撤退判断を「累積」で見るタイミングを制度として持っていない組織では、こうした増分の罠が起きる。
最後にひとつ。撤退判断そのものは、合理的だった。2023年時点で「型式証明取得に年間1,000億円が数年」「完成しても売れる市場が見えない」と試算し、「これ以上の継続は経済合理性がない」と結論づけた。失敗を「敗北宣言」としてではなく「合理的な決断」として実行できたかどうか。1兆円を失ったプロジェクトの最後で、組織はその学習をひとつだけ示したことになる。
出典・参考資料
- Wikipedia: Mitsubishi SpaceJet — タイムライン、機体仕様、受注履歴の全体像
- 日本経済新聞「国産ジェット、迷走の末撤退 三菱重工の開発費1兆円」(2023) — 累計開発費と公的支援額
- 東京新聞「『日の丸ジェット』の夢破れ…これまで政府が投じた資金は?」(2023) — 政府支援額と撤退の影響
- Aviation Wire「三菱重工、スペースジェット開発中止を正式発表」(2023) — 撤退会見の発言
- 日経 xTECH「MRJ開発遅延の真相、知見不足で8年を浪費 直面した900件以上の設計変更」 — 2016年の大規模設計変更
- テレビ愛知「MRJ計画失敗、技術者が『謙虚さに欠けていた』元社長が激白」 — 川井昭陽元社長のインタビュー
- Aviation Wire「三菱スペースジェット、100機キャンセル 米トランスステーツ分」(2019) — 主要顧客の離脱
- 三菱重工技報 Vol.53 No.3「国産ジェット旅客機MRJ 初飛行」(2016) — 初飛行の公式記録
- Wikipedia 日本語版「スコープ・クローズ」 — 米国地域航空の労使協定の制限値
- President online「国産ジェットを『1兆円空回り』に終わらせた三菱重工の『変に高いプライド』」(2020) — 経営文化の問題分析


